有限会社二宮工業所

継ぐたびに、強みが広がる、精密部品加工の世界

有限会社二宮工業所
試作から小ロット量産まで、精密部品の旋削加工

(公開日 2025年12月3日)

色々なお仕事に出会うとき、前もって世の中に溢れるあらゆる情報を集めては括って、整理して…と、頭の中で分かりやすく「まとめる」という行動をしがちです。
一方でもう一人の自分が、「製造業」「ものづくり企業」とか、簡単にひとくくりにするんじゃないよ!と、反発していることもよくあります。

まさに今回、三世代に渡りものづくりに従事する二宮工業所さんに出会い、「製造業とひとくくりにしちゃいけないよ!」と改めて、リスペクト熱が高ヒートアップしました。

初代も二代目も三代目も、ひとつひとつに丁寧。それでいてメーカーさんの新たな製品・改良品の挑戦に必要不可欠な、知恵と技術と柔軟性を持つ人たちに会ってきました。

照れた笑顔も真剣な眼差しも、どこを切り取っても仕事へのプライドが滲み出てくる素敵な企業さまです。

尾張旭市にある旋削加工を主な事業とする有限会社二宮工業所さんは、お爺さん、お父さん、そして現社長さんと、三代続くものづくり企業様。主に精密機械部品を中心に、自動車部品、医療部品など、さまざまな分野で活躍する部品の製造を担ってきた。

町工場に息づく、二宮イズム

創立は1965年。
創業者となるお爺様の時代は今よりももっと加工一筋で、お客様の依頼に昼夜問わず向き合いながら、その技術やノウハウをコツコツと積み上げていた。

「元々祖父は若い頃、同じ地域にある小さな町工場でものづくりに携わっていたようで、その町工場で修行した後に旋削加工業者として独立したみたいです」。そう二宮工業所の始まりを教えてくれたのは、現代表、三代目となる二宮社長。

「お爺様の若かりし頃」なので、私の前でにこやかな表情で話す二宮社長もまだ生まれていない時代のお話。ただ、不思議なことにその時代の初代が汗をかきながら機械に向き合って旋削している様子はすぐに想像ができた。

なぜなら視界に入ってくる工場の一部には当時の空気が流れていて、そこには二代目となるお父様の背中があったからだ。

何十年もの間この場所で、初代も二代目もこうして機械に向き合い、「お客様のためのものづくり」に妥協しない背中で日々を刻んできたのだろう。

言うならばこれは、「二宮イズム」。

二宮工業所には、お爺さんからお父さんへ、そして息子へと、大切なものを「継ぐ」という確かな絆と歴史が間違いなく存在していた。

昨今では後継者問題が話題に挙がることも少なくはない。つまり、多くの人の人生において、このような稼業や技術を「継ぐ」というが選択が多いとは言い難い。ただ、継いでいる人たちの話を聞かせていただくと、とても「豊か」なことだと感じる瞬間がある。

三代目の場合はどうだったんだろう。

祖父・父の元で、ものづくりに没頭

前職では製造業の中でも今とは少し違う、自動車関係の工場で働いていたという二宮社長。当時の現場ではある程度のことがひととおりできるようになっていた28歳の頃、「もう少しものづくりを深く学んでみたい」という気持ちになったという。

そうして、私の目に根っからのものづくり好きと映る二宮社長の次の「学び場」は、小さい頃から働く背中を見ていたお爺様やお父様のいる「二宮工業所」となる。つまり、家業が自分のキャリアアップの起点となり、今に続く「技術の承継」となったわけだ!
純粋に、継ぐことの豊かさを感じざるを得ない。

「いやでも…前職と二宮工業所、同じ製造業だけどやってきたこととは全く違ってて。
最初は「形」作ることすら、どうやるんだ?ってなりましたね(笑)」

「製造業」「ものづくり企業」と簡単に括ってはいけないのではないか、と感じていた私としては、とても興味深い。製造業、ものづくり企業の面白さがたくさん出てきそうだ。

「まずは本当に簡単な、角を取って穴をあける、みたいなものから始めましたね。というか、最初は本当にそんなことくらいしかできなかった(笑)。でも、そんな“簡単なもの”でも「鉄の塊が形になる」っていうこと自体に、すごく達成感があったんです!」

何十年か前のことのはずなのに、成長していった頃のワクワク感や自信を持てるようになっていった面白さが、まるで今起きているかのように、二宮社長がとても楽しそう。

「日中は会社で、簡単なものから一つずつ経験を積ませてもらいながら任せてもらえる仕事を増やしていって、仕事が終わったら家に帰って勉強していましたね。
この形状はこういう工程でやっていくのか!
こういうプログラムのほうが精度が上がるのか!
こうするとバリが出なくなるのか!って(笑)。
設計図とプログラムをじっくり見比べて、工程ごとノートにぎっしり書き出して、解読して…みたいな感じですね。今でもそのノートがあるかもしれない。懐かしいな(笑)」

とても嬉しい。
実は製造業の現場・工場に入る時にはいつも、色々なサイズや種類や形の「製品」がピカピカに仕上がっていたり、全力で削られたり打たれたりしていることが多く、悩んでいるシーンに遭遇することが少ない。

それもあって二宮社長の話は、ものづくりに携わる人たちの「考える」と「挑戦する」の段階を少し想像できたのが、とても嬉しかった。

受け継がれる心得、「悪いもんは出すなよ」

二宮工業所に脈々と流れる譲れないものを「言葉」にするとしたら、どんな感じだろう。
見学させていただきながらそんな宝探しをしていたとき、黙々と部品を磨いている二代目の姿が見えた。

チャンスとばかりに、初代の言葉で忘れられない言葉や、初代はこんなことをよく言ってたな、というのはありますか?、と聞いてみると、少し目を細めて「ふふ」と聞こえてくるような笑みをこぼしながら、答えてくれた。

「悪いもんは出すなよ、かなぁ」

その言葉はくるっと反転して「いいものを作りなさい」と聞こえる。
それどころかもっと強く、もっと深く、
「真面目に丁寧に、お客様に喜ばれるいいものを作りなさい」と聞こえる。

ものづくり企業・二宮工業所の「つくる」には、初代から受け継がれている「お客様に喜んでいただくために、真面目に取り組むものづくり」という姿勢が、時間を重ねても変わることなく三代に渡って大切にされているわけだ。

月に手掛ける試作品が、100種類以上

二宮工業所さんは試作品製作が多いことも特徴のひとつといえる。なんといっても月に100種類以上というのだから、驚いた。

「ものづくりの種類や役割や段階は本当に色々あると思うんです。中でも最終工程、例えば「商品」が完成品だとすると、僕らが携わっている「試作品」なんかは、第一段階以前という位置づけ。この段階がないと失敗も成功も、スタートも何にも得られないと考えると、うちの仕事は「なくてはならないもの」だと思うんです」

もっとものづくりを追求したい!と二宮工業所へ飛び込んだ二宮社長が、今ではものづくりの中でも「なくてはならない重要な役割」を担っていることに、感動する。

二宮工業所は代ごとに強みが広がっていった企業だと思う。

初代の時代はたくさんの旋盤加工をひとつずつ丁寧に納品した先に、量産する仕組みづくりに挑戦し、技術を安定させてきた。
それを受け継いだ二代目は、さらにお客様の挑戦に寄り添う姿勢を深め、トライアンドエラー精神に寄り添い、一つひとつ何度もテストをする諦めない「試作品」の拡大を図り、成功した。

今、三代目は何を想うのか

「継いでみてわかったのは、色々試して失敗して、ものを削る・磨くというだけのことがこんなにも、「塩梅」だったり「正確」だったり、目指している仕上がり具合にたどり着くまでの工程で、こんなにも違いが出てしまうんだなって。知れば知るほど難しさが分かっていくんです。
もちろん仕事として責任をもっているので、わかっている上での引き出しの多さや上手になっていくことが基本にあって、今もご相談いただくお客様の要望と向き合って毎日コツコツと積み上げていますが、これらの経験値やノウハウがまさに、祖父・父が積み上げてきてくれた二宮工業所の財産だと感謝しています。
照れますけどね、本当に大きなものを受け継いだという責任感はありますね。」

製品が動くその瞬間にずっと携わっていきたい

身近な師をリスペクトする素敵な気持ちを聞きながら、初代と二代目の背中を思い出す。

「祖父も父も、二人とも無口なのであまり聞いたことがないんですけど、小さい頃からこの工場をちょろちょろしていた僕に三代目として継いでくれると嬉しいな、と思っていたんですかね。
だとしたらなんか、あの二人への孝行ができたかなと思うので、嬉しいですけどね。」

「時代としては色々あって、製造業はなかなか我慢の時期、それか変化の時代かなと思ってます。
これまで積み上げてきた技術やノウハウからさらに自社のスキルを強化することは当然のこととして、今の時代だからこそできる同業他社との協力体制も面白いかなと思います。
ものづくりに関わる者同士の苦悩や挑戦や喜びは同じ経験値として共有できますし、リスペクトをもって広げてみたいですね。」

小さな町工場ですけど、誇り高いく社会の中でしっかりと責任を負えることに感謝しながら、挑戦していきたいですね。」

二宮工業所さんのしごと

二宮工業所はものづくり愛知の尾張旭における三代続くものづくり企業。自動車関係の部品も手掛けつつ、主には精密機械部品やOA機器部品の加工を行っています。旋削加工を中心に、表面処理(メッキ処理、黒染め処理、パーカー処理等)や熱処理(各種焼き入れ、軟窒化処理等)では、協力業者様との連携も活かしながらお客様からのご要望にお応えしています。量産加工もさることながら、常に毎月数十点もの「試作品」を作り続けている二宮さんは、町工場という小規模ながらも「この道一本」で技術を磨き上げた精鋭たち。時代を先取りし新しいものを作り続ける精密機械メーカーさんの成長や挑戦を、対応力の広さとスピードで支えています。

二宮工業所さんの取材を終えて

三代目の二宮社長は初めてお会いしたときからずっと変わらず、笑顔を返してくれました。ご挨拶のときも事務所で話すときも、ずっと物腰柔らかく。製造現場に多少なりとも緊張を背負ってきた私たちが気軽に質問できるような空間を作っていてくれた気がします。忙しいはずなのに、ありがたい。おかげで色々な想いを聞かせていただいただきました。
この話やすさは「相談しやすい」という魅力だろう。試作品の相談が後を絶たないのは、こうやって優しく受け止めながら、二宮さんの原点でもある「悪いものをつくるなよ(いいものを作れよ)」精神が、関わる人、ひとり一人に伝わっているからだと改めて感じます。